ひどい接客とイタリアの気持ちよい接客

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ひどい接客とイタリアの気持ちよい接客

 ■メディアだけの情報では、かじ取りを誤る
「新しき時代には新しき人物を養成して、新しき事物を処理しなければならない」。渋沢栄一は訓言集の学問と教育での言葉である。今、社会の変化はスピードの時代。判断力、決断力、行動までを、いかに的確かつスピーディーに行うかで明暗を分ける。昨日までの常識が通用しなくなるほど、社会・生活環境が変わっている。過去の成功事例が当てはまるということにはならないケースが少なくない。つまり、改革を進めるには、“新しい人”が必要になってくるのである。しかし、変化の本質を見極める力がなければ、かじ取りを誤ってしまう。メディアだけの情報を鵜呑みにし、これを指針に判断をするリーダーは、たいへんな窮地に迫られる。自から現場を見て、初めて気づくことが多々ある。
■ひどい接客と気持ちのよい接客
新年早々、百貨店の紳士服売り場を回った時のことである。メンズのライセンスブランド(梅田大丸のポールスミス)では最も人気があり、売上もトップクラスである。いつもの店長がいなかった。妻と商品を見ていて、ある店員を呼び、サイズがあるかどうか尋ねた。そのスタッフは、わかりましたと言って、希望のサイズを持ってきたのだが、その態度があまりにも無愛想。険しい表情で、買うつもりがないのなら、よそへ行ってくださいと言わんばかり。妻は驚いて「何よ、あの態度。いくらいいものがあっても、絶対にあの人からは買わないわ」と怒り心頭。恐らく、このブランドを展開している企業のトップはそんな事情も知らず、数字の報告だけを信用しているのだろう。あの態度をもし見たら、激怒するに違いない。ローマでジーンズを買った時、店員は呼ばないかぎり、説明も売り込みもしない。自分勝手に、なにやら楽しんでいる。ところが、いざ商品を手に要望を伝えると、見事に特徴を語り、お客の気持ちをキャッチする。まるで、自分がお客のように、楽しそうに語り始める。迷っていると、違うところへ行き、仲間とおしゃべりをしている。結果、気持ちよく買い物ができた。何が違うのか考えてみると、印象に残っているのは、消費者目線での価値観の共有である。とてもオシャレな友人と買い物をした気分になった。インターネットが人を呼び込んでも、決める時は人を見る。昔も今も変わらないはず。会社、システムのせいではなく、自分に問題があるのだ。お膳立てをしてくれても、食べさせてくれるほど、世の中、親切ではない。今年の教訓として、1年を乗り切りたいと思っている。(武田)

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