■昨年11月、ビスポークニュースの編集後記で紹介した、世界を制したナイキの創業者、フィル・ナイト氏(1938年~、オレゴン州ポートランド)の自伝「SHOE DOG(靴にすべてを)」(東洋経済新報社刊、548頁)を覚えているだろうか。発売20万部突破記念として、この4月、NHKのBS1チャンネルで特集番組が作られた。本で読むのと、80歳のフィル・ナイト氏を映像で見るのとでは、新たな印象が伝わってきた。体が大きくも、純粋でシャイ、信念が人一倍強い人物に感じた。何よりも、シューズを愛し、人を愛し、アメリカを愛して突き進んで来た情熱に、少しでもあやかりたい気持ちである。3兆円の売り上げ規模は世界一であり、飛躍の裏で支えた日本人の男気は、今の時代だからこそ見習いたい。恐らく、テレビの特番を通じて、日本の多くの若者が、この裏話を知ることになったはずだ。「ナイキ」とはギリシャの神、勝利の女神の名前に由来する。
以下、前回のコラムを全文掲載した。
■世界のナイキがあるのは、オニツカ・タイガーと日商岩井のおかげ
「日商岩井という存在がなかったら私たちはどうなっていただろうか。日商の元CEOのマサル・ハヤミがいなかったらと。彼とはナイキが上場した後に知り合った。必然的に私たちは絆で結ばれた。私は彼にとって最も有益な顧客であり、彼の教えを熱心に聞く生徒でもあった。そして彼は私が出会った中で最も賢い人かもしれない」。
「(前略)私は自分のビジネスの不満をこぼしていた。上場を果たした後でも、多くの問題を抱えていたのだ。『せっかく多くの機会に恵まれながら、この機会を掌握できるマネージャーがなかなか見つかりません。外から人材を募っていますが、私たちの精神が独特なせいか、うまくいきません』。ハヤミ氏はうなずいた。『あの竹が見えますか』『はい』『来年…来られた時は…1フィート(約30㎝)伸びていますよ』。私はじっと見た。理解した」。
世界を制したナイキの創業者、フィル・ナイト氏(1938年~、オレゴン州ポートランド)の自伝「SHOE DOG(靴にすべてを)」(東洋経済新報社刊、548頁)からの抜粋である。ナイト氏は戦後焼け野原になった日本に来て、目指した神戸でオニツカ(鬼塚㈱=現在のアシックス)と交渉。アメリカでの「オニツカ・タイガー」販売権を獲得し、ビジネスのスタートを切ったのだ。
■カミソリの上を歩くリスク
ナイキは2006年に売り上げ160億ドル(ライバルのアディダスは100億ドル)と、大きく成長するも、経営者としての現役時代は最後まで「カミソリの上を歩くリスクを負って」いたとナイト氏。寝ても覚めても借金が頭から離れない、常に人材のことで頭を抱える日々であったと書いている。会社も業界の、人材が育って来なければ、衰退、消滅することは、だれもが理屈で理解している。これを実践している、実践できる人が出てい¥きて、未来への展望が開ける。上に立つ人は夢と希望を見せないと、だれも後を付いて来ない。50年、100年にひとりの逸材と呼ばれるヒーローも、育ての親がいる。机上の採算、結果主義にとらわれていては、何も始まらない。リーダーの多くは、まず行動力ありき。人との出会いから運命がスタートする。ナイト氏の著書はそう教えてくれている。(2017年11月記)